今回の演奏会で披露されたのは『シェエラザード』と『春の祭典』。いずれもバレエ・リュスの天才振付師ニジンスキーによって振りつけられた傑作のバレエ音楽だ。音楽作品として評価の高い作品なので、クラシックファンはもちろんのこと、バレエファンとしても心躍るプログラムである。

こんな贅沢な演奏会、いちバレエ・リュスファンとして観ない理由がない。チューニングを待ちわびながら席についたのは、きっと私だけではなかっただろう。

 

シェエラザード

「音楽として世界観が確立しているものに対して、振りを付ける必要はあるのか」。音楽を聴き終わった後の第一印象はこれだった。自分が振付師なら、振りを付けること自体が恐れ多いと思うだろう。そして怖気づいてしまうであろう。自らの手で美しく完全な「シェエラザードという音楽」を、壊しかねない不安にかられて。

にもかかわらず、ニジンスキーはこの作品に振りをつけている。そんな事実を知って、私は彼が怖くなった。ニジンスキーの天才的才能を羨むより先に、彼の存在を大いに恐れたのである。

私はこの音楽が好きだ。正直、作曲者についてよく知らなければ、「千夜一夜物語」についても詳しくなかった。

曲に対する先入観がなく、ただ純粋に心身を虜にする音楽だと感じた。リムスキー・コルサコフにとっての言葉が音楽で、音楽が言葉でなければ、きっとこんな音楽は生まれなかっただろう。

見せるだけでも聴くだけでもないこの音楽は「読む」音楽とも言えるだろうか。

この音楽では、王が話し、妃が語る。シェエラザードの声に導かれるように登場人物が湧いては現れ、海が広がり、船が進み、そうして世界が次々に広がっていく。こういうことをいとも簡単そうにやってのけてしまう。音を操る魔術師の様だ、リムスキー・コルサコフは。

シェエラザードの声に引き込まれる様に耳を傾け、気付けば物語の中にいた、といった具合の感覚を体験する。 きっとシャリアール王もこんな不思議な体験をしていたのだろう。この音楽を聴けば、きっと王妃を殺さなくなったシャリアール王の気持ちが分かるのではないか。

さて、私はこの音楽でバイオリンの虜になった。今まで見てきたバイオリンは、どのオーケストラ作品でもあまり面白い楽器とは思えなかった。

初めから主役の様な立ち位置で、他楽器よりも圧倒的に数が多い。これが逆に印象に残らず、正直あまり好きな楽器ではなかった。

しかし、今回ばかりはバイオリンという楽器にときめいた。シェエラザードの主題のソロ。これを弾きたいがためだけに、バイオリンに人生を捧げたという人間がいるならば、私はその人と是非話がしたい。

人生をバイオリンに捧げたいと思える程の美しい音色、聴き惚れるメロディーとはこういうことだと確信している。

第4楽章は打楽器祭り。非常に打楽器が忙しく働き回る様が見応えのあるものだった。ここまでタンバリンとトライアングルが影響力のある楽器と思ったことはない。映画音楽のように繰り広げられる情景だが、その中でも特に私の耳と心と目に刺激を与えたのは第4楽章 だ。

飛び出す絵本よろしく音が次々に飛び出す。こんな時、やはり物語が元になった音楽だと思い出させる。この音楽が特徴的なのは、物語だけを取り出しているのでなく、物語を語っている話し手と聞き手まで音楽にしてしまっているコトだ。映像が見える音楽ではなく、あくまでも物語が語られているものだということを強く意識して書かれている。それはところどころに出てくるキャラクターの主題に現れている。

 

春の祭典
やっと、という思いだった。この音楽を生演奏で聴くのに待った年月、実に10年。

初めて大学でひと聴き惚れをし、この音楽の成り立ち、作曲家のひととなりを知って虜になった。そして胸に抱いた思いはただ1つ、「必ずこの音楽を生で聴こう」ということだった。

しかしながら、その機会はそう簡単には訪れない。バレエ化された『春の祭典』をテレビで観ることはあったし、映画『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の中で
ピナ・バウシュ振付の『春の祭典』を目にすることもあった。

けれども、クラシック音楽として、オーケストラ演奏を聴くチャンスは一向に訪れなかったのだ。

自分のアンテナの低さにもどかしさを覚えながらも、ようやく情報を得たのが2015年末のこと。日本フィルが『春の祭典』をやるというのだ。

指揮は一流の指揮者、小林研一郎氏。『春の祭典』は彼の十八番でもあるとのことだった。このチャンスを逃したら次はいつになるか分からない。すぐにチケットを手配し、年明けを待った。私にとって『春の祭典』が2016年幕開けの音楽となったのである。

実際聴いて感じたのは、意外にもその音楽の激しさよりも美しさだった。CDやイアホンを通じて聴いていた『春の祭典』は、もっと耳に衝撃のある音楽だったので、 その何と美しい音色であったかということ。

不協和音が連なって不規則なリズムなのが特徴であるにも関わらず、それぞれの「不」さえが、計算しつくされているものであるということが、体感出来てしまった程だった。

耳だけでは分からなかった発見もある。一番目を引いたのは打楽器の種類の多さと演奏だ。

本来バレエ音楽なのにも関わらず、この総数がオーケストラピットに入るのかと思うとぞっとした。音楽だけを聴いていると、大きな音が突然耳をつんざき、その音の突発性を楽しめはするが、ステージでは演奏一連の流れが見える。

大きな音を出すまでに、「待つ」→「立つ」→「構える」という動作があり、その後に「置く」→「座る」となる。

静と動の間に生まれる期待通りの激しい音、これを1人だけではなく数名の打楽器奏者で行われるので、楽器に向かう様がとても勇ましく、まるで大きな戦いに挑む戦士の様だったのだ。

その一連の中で轟く打楽器を体感した時の興奮はなかなか抑えられるものではない。 思い通りの音が思い通りのタイミングで、思い通りの音量で来るのはある一種の快感だ。 ドラを掻き鳴し、2台のティンパニを激しく叩く。タンバリンとトライアングルはそのサイズからとは思えないほどの澄んだリズムを刻んでいた。

そして何より一番素晴らしかったのは大太鼓だ。大太鼓は小学生が使う楽器などと、いうとても失礼な把握の仕方をしていたが、この楽器がオーケストラ与える影響とは尋常じゃない。

俄然好きな楽器の1つとなった。1本のバチを両手で持ち、まるでピッチャーを待つ野球の構え。ヒットを打つようににスウィングし、ドーンと一発お見舞いする。

耳に響くというよりお腹に響く音で、まるで地鳴りの様に足からお腹にかけて響きが伝わった時は心底感動したものだ。

もう一つバイオリンで感心したのは春の祭典。敵陣が迫るザッザッザッザッというストリングスの音。到底同じ楽器とは思えない恐ろしさがある。バイオリンのなんと二重人格なこと。 初めて『春の祭典』を聴いた時とは違った印象を生演奏では感じた訳だが、
ストラヴィンスキー愛の拍車はかかったままだ。次聴いた時はどんな発見があるだろうか。

その時が楽しみである。

 

公演詳細

会場/サントリーホール
日時/2016年1月22日(金)
開場/18:30
開演/19:00
席種/A席

プログラム

交響組曲『シェエラザード』(約42分)
作曲/リムスキー=コルサコフ

第1楽章「海とシンドバッドの船」
第2楽章「カランダール王子の物語」
第3楽章「王子と王女」
第4楽章「バグダードの祭、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲」

-休憩(15分)-

バレエ音楽『春の祭典』(約33分)
作曲/イーゴリ・ストラヴィンスキー

≪第1部:大地礼讃≫
序奏
春のきざし
乙女たちの踊り
誘惑の遊戯
春のロンド
敵の都の人々の戯れ
賢人の行列
大地への口づけ
大地の踊り

≪第2部:いけにえ≫
序奏
乙女たちの神秘的なつどい
いけにえの賛美
祖先の呼び出し
祖先の儀式
いけにえの踊り

出演者

指揮/小林研一郎(桂冠名誉指揮者)
コンサートマスター/木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)
ソロ・チェロ/菊地知也(日本フィル・ソロ・チェロ)
日本フィルハーモニー交響楽団

スタッフ

主催/公益財団法人日本フィルハーモニー交響楽団
特別協賛/三菱UFJニコス株式会社、フジテレビジョン
協賛/鹿島建設株式会社、昭和シェル石油株式会社、株式会社ティーガイア、三井不動産株式会社、株式会社リョーサン、パイオニア株式会社
衣装提供/株式会社カインドウエア
プログラム表紙イラスト/小澤一雄

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